ゆるゆるひとりごと

映画のことだけ考えて生きていたい

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

アカデミー賞受賞おめでとう!

監督のダニエルズの真摯な人柄もうかがえたし、ミシェル・ヨージェイミー・リー・カーティスの受賞も嬉しいし、何よりキー・ホイ・クァンのスピーチに泣いちゃった。欲を言えばステファニー・シューにもとって欲しかった。

 

もうすでに映画館へ3回も観に行ってるけどまた行きたくなった。

 

はちゃめちゃで笑えるマルチバースのカオスからの着地が日々の暮らしや自分の人生、目の前の人への愛情や優しさというのがすごく良くて泣いた。観た後何となくこの平凡な日常を愛しく思う、そんな映画だった。

 

かっこいいイメージが強いミシェル・ヨーが生活に疲れて髪もボサボサな中年女性を演じていたのも良かったし、絶望した目を持つジョイと奇抜おしゃれファッションの数々を着こなすジョブ・トゥパキを演じたステファニー・シューも最高だったし、税金の監察官ジェイミー ・リー・カーティスも迫力だった。

 

でも一番好きだったのは優しくて弱気な夫ウェイモンド役のキー・ホイ・クァン。彼の優しい笑顔が映画を見終わった後もずっと頭の片隅にあってふとした瞬間に泣きたくなってしまった。

 

優しいけどエヴリンには馬鹿にされてて話も聞いてもらえないウェイモンド。離婚届を用意したけど、本当に望んでるのはエヴリンと仲睦まじく歳を取ること。

 

一方で国税局のエレベーターで急に現れたアルファ・エイモンドはまるでスパイ映画に出てくるみたいにクールでウエストポーチでカンフーできるヒーロー。エヴリンもだけど観てるこっちも「このエイモンドはカッコいいし頼りになる!」と思う。でもアルファ・エイモンドは説明が足りないしすぐにどこかへ行っちゃう。

 

エヴリンが映画スターになった世界のウェイモンドはエヴリンと結婚していなくてどうやら何らかのCEOとして成功していてスーツをパリッと着こなしてめちゃめちゃダンディ。『花様年華』のオマージュ世界でもあるし、もう完全にトニー・レオンみたいな色気がある。こんなの完全に恋に落ちちゃうよね。

 

でも結局、この話で一番強くてカッコいいのは元のコインランドリーの世界のウェイモンドなんだよね。Be kind.

 

人に親切にすること、クッキーを焼いて差し入れること、何にでもギョロ目シールをつけること。そうやってエヴリンの知らないところで彼がうまく解決してたことがたくさんあった。そもそも最初の税務署でもカラオケが経費に入ってたことを「うっかりミスなんです」と一生懸命説明してたし。(うっかりミスってhonest mistakeって言うんだね。なんかそれも良かった)

 

 

「どうでもいい」の毒が回ったエヴリンは納税期限もすっぽかして離婚届にサインして春節のパーティーの最中にコインランドリーのガラスを割る。ウェイモンドがギョロ目をつけてたバットで。全部壊そうと思えばきっと簡単に壊せる。人の心もそれまで積み重ねてきたものも。

 

でもそんなエヴリンを前にしてもウェイモンドは監察官に離婚届の話をして見逃して欲しいと頼む。「何もかも大丈夫だよ」と泣きそうな笑顔でエヴリンに言う。きっと泣くのを我慢しながら鼻歌歌ってガラスの掃除をする。こんな愛情ある?ウェイモンドが「愛」の体現すぎて泣く。

 

ジョイのベーグルが「全部どうでもいい」という虚無の境地だったとして、虚無主義に対抗できるのは「私はどうでも良くない」「あなたはどうでも良くない」と言うことだと思う。私は前にいた職場で「全部どうでもいい」モードになってて、傷つきは減るけど毎日心が少しずつ死ぬ感覚があった。どうでもよくないのに「どうでもいい」という鎧をつけて、その鎧の中で少しずつ朽ちていく気がした。

 

「どうでもいい」と人を攻撃したり殻に籠ったりすれば表面上は傷つかないけど、それって遅延性の死という感じがする。でも優しくなるためには無防備にならなきゃいけない。

 

だから優しさを選び取ることができる人って本当はめちゃくちゃに強いんだ。優しいことは弱いとか甘いとか言って馬鹿にされがちだけど、特に男性にはそういう目が向けられやすいけど(現にこの映画のウェイモンドもエヴリンや義父にそう思われていたし)本当は世界で一番価値のあること。エヴリンが学んだ「優しさで戦う」方法はもちろんファンタジー的ではあるんだけど、あれはウェイモンドのクッキーなんだ。

 

私はこういう「優しさこそ強さ」という話がすごく好きで、例えば『パディントン』とか『テッド・ラッソ』なんかもそう。そういえばテッド・ラッソもビスケット焼く系のおじさんだったね

 

母と娘の話よりもウェイモンドの優しさが刺さりまくっちゃったな。

 

「もし君がまた僕を傷つけたとしても、違う人生で君と一緒にコインランドリーと税金をやりたいと言うよ」

ここ数年で一番切なくてロマンチックなセリフ。